大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長野地方裁判所 昭和55年(ワ)149号 判決

第一、第二事件原告(以下単に「原告」という。)

松木貞一

右訴訟代理人弁護士

戸崎悦夫

川上眞足

第一事件被告(以下単に「被告」という。)

相馬商事株式会社

右代表者代表取締役

相馬三郎

右訴訟代理人弁護士

太田実

第二事件被告(以下単に「被告」という。)

久保田鉄工株式会社

右代表者代表取締役

廣慶太郎

右訴訟代理人弁護士

田坂幹守

比嘉廉丈

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金四二二一万九一六六円及び内金三九二一万九一六六円に対する昭和五三年一月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、第二事件を通じ、被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自五五〇〇万円及び内金五〇〇〇万円に対する昭和五三年一月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、第一、第二事件を通じ、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一請求原因

1  当事者の地位等

(一) 被告久保田鉄工株式会社(以下「被告久保田鉄工」という。)は、農機具、土木工作機械等の製造等を業とする株式会社であるが、昭和四七年七月ごろから、別紙図面表示の小型ドーザKD―I型(以下「一型ドーザ」という。)を製造、販売していた。

(二) 被告相馬商事株式会社(以下「被告相馬商事」という。)は、石油等の販売等を業とする株式会社であるが、昭和四九年一一月七日ごろ、主として除雪用の目的で一型ドーザ一台を購入し(以下この購入されたドーザを「本件ドーザ」という。)、同被告の経営する長野県上水内郡信濃町柏原一二〇五番地所在の黒姫営業所(以下「本件営業所」という。)に備え置いた。

(三) 原告は、昭和五二年四月ごろ、被告相馬商事から、試用期間を設けて給油所要員として雇用され、本件給油所にて給油、洗車等の業務に従事していたが、試用期間が終了した同年一二月一日に本採用された。

2  本件事故の発生

原告は、昭和五三年一月七日午前一〇時ごろ、本件給油所において本件ドーザを操作して除雪作業に従事していたが、方向転換をするため右ドーザを後進させた際、折から積雪が圧雪されていたため、足が滑べり、後方に仰向けに転倒して右ドーザの下に巻き込まれ、その結果外傷性腰髄損傷(第一腰椎圧迫骨折)、右肩、右肘脱臼骨折、顔面骨骨折、顔面裂創、歯牙欠損(三本)、多発肋骨骨折、右外耳通裂傷の傷害を負つた。

3  被告らの責任

(一) 被告久保田鉄工

(1) 同被告には、本件ドーザの製作者として本件ドーザを製造するに当り、本件ドーザの予想される通常の使用方法及びその使用に付随して発生する事故形態を十分に把握し、可能な限り事故の発生、損害の発生を未然に防止すべき注意義務がある。そして、本件ドーザは除雪用として使用されることも予定されているが、その場合操作者の足元が滑べりやすい状態にあることも多く、後進時に足を滑べらせた操作者が転倒して右ドーザの下に巻き込まれ、本件のような重大な事故が発生することが十分に予想されるから、同被告としては、本件ドーザにこのような事故に対処すべき有効適切な装置を具備すべき注意義務がある。ところが、同被告には、次のとおり、これを怠り、安全面で構造上欠陥のある本件ドーザを製造した過失がある。

(ア) 握り棒又はグリップの欠缺

ドーザの操作が安定した姿勢で行なえ、操作者が足を滑べらせる危険を軽減するとともに、足が滑べつた際の転倒を防止するためには運転装置近辺に操作者が自己の身体を保持すべき装置として握り棒又はグリップ等が不可欠であるから、同被告は、本件ドーザに右の握り棒又はグリップ等の身体を保持すべき装置を取付けるべき義務があるのに、これを怠り、取付けなかつた。

(イ) 安全プロテクターの不完全性

操作者が後進時に転倒した際にドーザの下に巻き込まれることを防止するための巻き込み防止装置としてプロテクターが考えられるが、右プロテクターの役割からすると人体の大きさと地上の高さを十分に検討して人体が物理的にドーザの下に入り込めない程度の高さ、即ち、少なくとも本件事故を起こしたドーザに事故後取り付けられた地上からの高さが約一二センチメートル位のものに設計することが要請される。したがつて、同被告は、本件ドーザに設置されたプロテクターを右のような構造のものに設計すべき義務があるのに、これを怠り、別紙図面表示のとおり、プロテクターを地上からの高さが二四センチメートル位の構造に設計した。

(ウ) 安全クラッチの不完全性

操作者が後進時に転倒した際に身体の一部が当たることによつてドーザを停止させ、巻き込みを防止するための非常停止装置として安全クラッチが考えられるが、右安全クラッチの役割からすると、その操作用レバー(以下機械装置としての安全クラッチと区別するため「クラッチレバー」という。)は、可能な限り低い位置で大型のものが要請される。

したがつて、同被告は、本件ドーザに設置されたクラッチレバーを右のような構造(取付位置、大きさ、形状をいう。以下同じ。)のものに設計すべき義務があるのに、これを怠り、安全クラッチを後進時雪壁等に操作者がはさまれたときに作動するに止めるものとして、クラッチレバーを別紙図面表示のとおり、操作盤の真下の高い位置でそう大きくない構造に設計した。

(2) そして、本件ドーザに右のような構造上の欠陥が存在した結果、本件事故が発生した。

よつて、同被告は、不法行為による損害賠償責任に基づき、本件事故によつて生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告相馬商事

(1) 債務不履行責任

① 同被告には、原告の使用者として雇用契約に基づき、信義則上原告が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し、又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、原告の生命及び身体等を危険から保護する配慮をすべき義務(安全配慮義務)がある。そして、本件事故の際、原告は同被告との雇用契約に基づき、本件ドーザを操作して本件給油所内の除雪作業に従事していたが、本件給油所のように冬期間凍結し、さらには油性物質の流出によつて極めて滑べりやすい場所において、歩行型ドーザ使用による除雪作業は、後進時操作者が足を滑べらせて転倒し、ドーザの下に巻き込まれ、本件のような重大な事故が発生することが十分に予想される。したがつて、同被告は、次のとおり、右のような事故に対処すべき具体的な安全配慮義務があるにもかかわらず、これを怠り、右義務に違反した。

(ア) 本件ドーザの選定

同被告は、市販されている各種のドーザの中から本件ドーザを選定購入し、これを原告に使用させるに当たり、本件ドーザが右のような事故に対処すべき有効適切な装置を具備しているか否かを十分に検討し、その結果、本件ドーザに前記(一)(1)(ア)ないし(ウ)のような構造上の欠陥を見出し、本件ドーザの購入をやめるか、これを原告に使用させないようとりはからう義務があるにもかかわらず、これを怠り、右のような構造上欠陥のある本件ドーザを選定購入し、これを原告に使用させた。

(イ) 安全教育の不徹底

同被告は、原告に除雪作業をさせるに当たり、除雪作業の持つ危険性を十分認識させるべく指導するとともに、足を滑べらせることによる事故を未然に防ぐべく滑べり止め付の靴の使用を指導すべき義務があるにもかかわらず、これを怠つた。

② 同被告の前記義務懈怠により本件事故が発生した。

よつて、同被告は、債務不履行による損害賠償責任に基づき、本件事故によつて生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

(2) 不法行為責任

① 同被告は、原告の使用者として本件事故当日、原告を本件ドーザによる本件給油所内の除雪作業に従事させていたのであるが、前記(1)に主張のように滑べりやすい場所での歩行型ドーザ使用による除雪作業は、ドーザの操作者の転倒とこれによる本件のような重大な事故発生の危険のあることが十分に予想される。したがつて、同被告には、次の具体的な注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、右義務に違反した過失がある。

(ア) 右(1)①(ア)(本件ドーザの選定等)のとおり。

(イ) 右(1)①(イ)(安全教育の不徹底)のとおり。

② 右過失と結果発生の因果関係は右(1)②のとおり。

よつて、同被告は、不法行為による損害賠償責任に基づき、本件事故によつて生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

4  損害

(一) 治療経過、後遺症

(1) 原告は、前記受傷により、昭和五三年一月七日から昭和五四年八月三日まで国立長野病院に入院し治療を受けた。

(2) 原告は、前記受傷により、下肢全廃の後遺症を残し、昭和五四年五月三〇日症状固定の診断を受けた。右後遺症は、労働者災害補償保険法、同施行規則所定の第一級三号に該当する。

(二) 付添看護費 一四二万五二〇〇円

原告は、右入院時である昭和五三年一月七日から症状固定時である昭和五四年五月三〇日まで五〇九日間、近親者の付添看護を必要とし、その間一日当り二八〇〇円計一四二万五二〇〇円の付添看護費を要した。

(三) 入院雑費 三四万三八〇〇円

原告は、前記昭和五三年一月七日から昭和五四年八月三日まで五七三日の入院期間中、一日当り六〇〇円、計三四万三八〇〇円の入院雑費を要した。

(四) 後遺障害による財産的損害

(1) 将来の付添看護費 二三六九万七〇〇〇円

原告の後遺症は、前記のとおり第一級三号であり、この後遺症の内容、程度に鑑みると、原告は前記症状固定時から少なくとも四〇年間にわたり、近親者の付添看護を必要とし、その間、一日当り三〇〇〇円の付添費用を要するというべきであるから、原告の将来の付添費用を、年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して症状固定時の時価を求めると、二三六九万七〇〇〇円となる。

(算式)

三〇〇〇円×三六五×二一・六四二=二三六九万七〇〇〇円

(2) 逸失利益 五九〇六万四〇〇〇円

原告は、昭和二三年一一月二三日生まれの学歴髙卒の男子で、前記症状固定時の年令が満三〇歳であつたところ、前記後遺症のため、六七歳に至るまで少なくとも三六年間にわたり、その労働能力を一〇〇パーセント喪失し、その間、少なくとも一年間につき、昭和五二年賃金構造基本統計調査報告書の企業規模計学歴髙卒の満三〇歳の男子の年収額二九一万三三〇〇円の得べかりし収入を喪失したので、原告の後遺症による逸失利益を、年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して症状固定時の時価を求めると、五九〇六万四〇〇〇円となる。

(算式)

二九一万三三〇〇円×二〇・二七四=五九〇六万四〇〇〇円

(五) 慰籍料

(1) 入院分 三〇〇万円

前記受傷及び治療経過記載のとおり、原告は、重傷を受け、五七三日間の入院治療を要したから、原告の傷害による精神的苦痛に対する慰籍料は、三〇〇万円が相当である。

(2) 後遺症分 一五〇〇万円

原告の本件事故による前記後遺症の内容、程度によると、原告の後遺症による精神的苦痛に対する慰籍料は、一五〇〇万円が相当である。

(六) 右(二)ないし(五)の損害額の合計は、一億二五三万円である。

(七) 損益相殺

原告は、本件事故による損害の填補として、労災保険より昭和五五年五月末日までに計七六万七六〇〇円(内訳 傷病補償年金五六万三二三八円、傷病特別年金一四万八三六二円、傷病就学援護費五万六〇〇〇円)を受領した。

(八) 弁護士費用 五〇〇万円

原告は、本件訴訟を原告代理人らに委任し、長野県弁護士会弁護士報酬規定の範囲内の報酬を支払う旨約した。

右弁護士費用のうち五〇〇万円は本件事故と相当因果関係のある損害である。

よつて、原告は、被告らに対し、被告久保田鉄工については不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告相馬商事については債務不履行による損害賠償請求権又は不法行為による損害賠償請求権に基づき(選択的主張と解する。)、各自右(六)の損害額計一億二五三万円から右填補額七六万七六〇〇円を控除した残額である一億一七六万二四〇〇円の内金五〇〇〇万円に右弁護士費用五〇〇万円を加えた五五〇〇万円及び内金五〇〇〇万円に対する不法行為の日である昭和五三年一月七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二請求原因に対する被告らの認否及び反論

(被告久保田鉄工)

1 認否

(一)(1) 請求原因1(一)の事実は認める。

(2) 同1(二)の事実は知らない。

(3) 同1(三)の事実は知らない。

(二) 同2の事実は知らない。

(三)(1) 同3(一)(1)の冒頭部分のうち、本件ドーザが除雪用として使用されることも予定されているとの事実は認める。被告久保田鉄工に構造上欠陥のある本件ドーザを製造した過失があるとの主張は争う。

(ア) 同3(一)(1)(ア)のうち、同被告が本件ドーザに握り棒又はグリップ等を取付けなかつたとの事実は認める。そのことが本件ドーザの構造上の欠陥であるとの主張は争う。

(イ) 同3(一)(1)(イ)のうち、本件ドーザに取付けられた安全プロテクターの構造が別紙図面表示のとおりであるとの事実は認める。そのことが本件ドーザの構造上の欠陥であるとの主張は争う。

(ウ) 同3(一)(1)(ウ)のうち、本件ドーザのクラッチレバーの構造が別紙図面表示のとおりであるとの事実は認める。そのことが本件ドーザの構造上の欠陥であるとの主張は争う。

(2) 同3(一)(2)の事実は否認する。

(四)(1)① 同4(一)(1)の事実は知らない。

② 同4(一)(2)の事実は知らない。

(2) 同4(二)の事実は知らない。

(3) 同4(三)の事実は知らない。

(4)① 同4(四)(1)の事実は知らない。

② 同4(四)(2)の事実は知らない。

(5)① 同4(五)(1)の事実は知らない。

② 同4(五)(2)の事実は知らない。

(6) 同4(六)の事実は知らない。

(7) 同4(七)の事実は認める。

(8) 同4(八)の事実は知らない。

2 反論

本件ドーザには原告の主張するような構造上の欠陥はなく、本件事故について被告久保田鉄工には過失がない。

(一) 本件ドーザには、労働安全衛生法四二条、同法施行令一三条、同施行令別表第七第一項第一号の規定に基づき、労働大臣が定める規格又は安全装置が具備されている。そして、本件ドーザは、右のほかに安全装置として非常ブレーキのかかる安全クラッチや他社製品にない操作者の足元を保護するためのプロテクターが装着されるとともに、レバーの誤操作をなくすために副操作レバーが操作盤上から取除かれ、さらに回転部(フライホイル部、ベルト部)にカバーが設置されるなど安全性につき特に配慮がなされている。したがつて、本件ドーザは、当時の技術水準としては最高の安全装置を具備しており、安全性につき構造上の欠陥はない。

(二) グリップの欠缺について

本件ドーザにグリップが取付けられていないことをもつて構造上の欠陥ということはできない。理由は以下のとおりである。

(1) 操作方法に関して

本件ドーザの操作は、前進時には前向きの姿勢で右手で油圧レバーを、左手で主変速レバー又は操向レバーを握るという方法が、後進時には半身の姿勢で後方の安全を確認しながら右手で主変速レバーを握り、左手を自由にしておくという方法が採られる。したがつてグリップの設置は不要であり、却つて、グリップがあると操作者がグリップに頼る結果、レバー操作が遅れるため危険であるばかりでなく、前進時に疲労を増幅させたり、後進時に安全確認の妨げとなる。

(2) 他社製品に備えられたグリップは安全性を確保するための装置ではない。

(3) 従前同被告が販売していた小型ドーザにはグリップが取付けられていたが、本件ドーザを開発する際に各種の実験、実演を行なつた結果、グリップは安全性のうえで有害であるとの結論を得てこれを取りはずしたという経過がある。

(4) 同被告は、これまで労働省等監督機関から本件ドーザについてグリップがないことによつて安全性に欠ける旨の指摘を受けたことがない。

(三) プロテクターの位置について

本件ドーザに設置されたプロテクターの位置について構造上の欠陥があるということはできない。理由は以下のとおりである。

(1) そもそも本件ドーザに設置されたプロテクターは、他社製品にない独自なものとして同被告が開発したものである。

(2) 仮に、プロテクターの位置を原告主張のように低くすると、本件ドーザを運搬のため自動車に積む際に上下の斜め方向に傾けて自走させることは困難になるし他の態様の事故発生の可能性が出てくる。

(3) 本件事故は、本件ドーザが凹凸の状態にある雪の塊りに乗り上げることによつて生じたものと推察されるが、そうだとすれば、仮にプロテクターの位置を原告主張のように低くしてもこれを避けることは困難である。

(四) クラッチレバーの構造について

本件の如き急激なスリップによる転倒、巻き込み事故は通常では予測しえないものであり、右事故の際原告が安全クラッチを作動させることができなかつたことをもつて、本件ドーザに設置されたクラッチレバーの構造について構造上の欠陥があるということはできない。

(五) 本件事故の原因は、原告の本件ドーザを操作する際の過失又は被告相馬商事の原告に対する除雪作業する際の指導上の過失に基づくものである。

(1) 原告の過失

本件ドーザを雪上で後進させる際、操作者としては滑べり止めの付いた靴を履き、本件ドーザの変速ギアを低速にし、半身の姿勢をとり、右手で主変速レバーをしつかりと握り、左手を自由の状態にしておくという操作方法を用いるべきであるにもかかわらず、原告は、これを怠り、本件事故の際、滑べり止めの付いていない運動靴を履き、本件ドーザの変速ギアを高速にし、前向きのすなわち本件ドーザに身体の正面を向けた姿勢をとり、右手で右操向レバーを握つていたが、しつかりと握らず、しかも左手を操作盤の上においておくという操作方法を用いた。これらが本件事故を惹起させた最大の原因である。

(2) 被告相馬商事の過失

仮に同被告が原告の除雪作業に際し、右のあるべき本件ドーザの操作方法や滑べり止めの付いた靴の使用を十分に指導していなかつた場合には、同被告に使用者として原告に対する指導が行きとどかなかつた点に重大な過失があり、これが本件最大の原因である。

(被告相馬商事)

1 認否

(一)(1) 請求原因(1)(一)の事実のうち、本件ドーザの製造、販売の開始時期は知らないが、その余は認める。

(2) 同1(二)の事実は認める。

(3) 同1(三)の事実は認める。

(二) 同2の事実のうち、原告が原告主張の日時場所において本件ドーザを操作して除雪作業に従事していたこと及び本件ドーザ操作中転倒し、右ドーザの下に巻き込まれて負傷したことは認めるが、その余は知らない。

(三)(1)① 同3(一)(1)の冒頭部分のうち、本件ドーザが除雪用として使用されることも予定されているとの事実は認める。

(ア) 同3(一)(1)(ア)のうち、被告久保田鉄工が本件ドーザに握り棒又はグリップ等を設置しなかつたとの事実は認める。

(イ) 同3(一)(1)(イ)のうち、本件ドーザに設置された安全プロテクターの構造が別紙図面表示のとおりであるとの事実は認める。

(ウ) 同3(一)(1)(ウ)のうち、本件ドーザに設置されたクラッチレバーの構造が別紙図面表示のとおりであるとの事実は認める。

② 同3(一)(2)の事実は知らない。

(2)① 同3(二)(1)①の冒頭部分のうち、本件事故の際、原告が被告相馬商事との雇用契約に基づき、本件ドーザを操作して本件給油所内の除雪作業に従事していたとの事実は認める。同被告に安全配慮義務違反があるとの主張は争う。

(ア) 同3(二)(1)①(ア)のうち、同被告が本件ドーザを選定購入し、これを原告に使用させたとの事実は認める。同被告の右行為が安全配慮義務に反するとの主張は争う。

(イ) 同3(二)(2)①(イ)の主張は争う。

同3(二)(1)②の事実は否認する。

② 同3(二)(2)①の冒頭部分のうち、本件事故の際、原告が被告相馬商事との雇用契約に基づき、本件ドーザを操作して本件給油所内の除雪作業に従事していたとの事実は認める。同被告に過失があるとの主張は争う。

(ア) 同3(二)(2)①(ア)のうち、同被告が本件ドーザを選定購入し、これを原告に使用させたとの事実は認める。同被告の過失の主張は争う。

(イ) 同3(二)(1)①(イ)の主張は争う。

同3(二)(2)②の事実は否認する。

(四)(1)① 同4(一)(1)の事実のうち、原告が原告主張の日に国立長野病院へ入院し治療を受けたことは認め、その余は知らない。

② 同4(一)(2)の事実は知らない。

(2) 同4(二)の事実は知らない。

(3) 同4(三)の事実は知らない。

(4)① 同4(四)(1)の事実は知らない。

② 同4(四)(2)の事実は知らない。

(5)① 同4(五)(1)の事実は知らない。

② 同4(五)(2)の事実は知らない。

(6) 同4(六)の事実は知らない。

(7) 同4(七)の事実は認める。

(8) 同4(八)の事実は知らない。

2 反論

被告相馬商事には、本件事故について過失はない。

(一) 本件ドーザの選定、使用の経過について

同被告は、本件ドーザを購入する際に、どの製造販売会社のいかなる種類のものにするかを検討し、その結果、販売店の北信久保田鉄工株式会社から本件ドーザにはハンドルあるいはグリップの設備はないが、主変速レバーが大きいので使用し易く、容易に停止できるうえ、他社製品にはない巻き込み防止用のプロテクターが取付けられているなど、特に安全装置がすぐれている、との趣旨の説明を受け、これを信頼して超一流メーカーの被告久保田鉄工製造に係る本件ドーザを選定購入するに至つた。実際に、本件事故に至るまで全国において本件ドーザと同型のドーザによつて本件のような大事故が発生したことはなかつたし、被告相馬商事においても本件事故まで本件ドーザによる事故は全くなく、本件給油所の従業員から本件ドーザが構造上運転しにくく危険であるといつた意見も出なかつた。したがつて、仮に本件ドーザに構造上の欠陥があつたとしても専門家でない被告相馬商事としては、右欠陥を予見することはできない。

(二) 原告に対する除雪作業の指導について

(1) 本件ドーザの操作方法

被告相馬商事は、昭和五二年七月ごろ、原告に対し、本件ドーザの操作方法を教えるとともに、本件ドーザによる万一の事故を防止するため、ドーザを後退させるときには①必ず減速し、②ドーザの正面ではなく側方に出るようにしながら操作すべき旨を指示した。その後、原告は、本件事故に至るまで数回にわたり、本件ドーザによる除雪作業を行つたが、雪国育ちのために他から特別に指導されるまでもなく、滑べりやすい雪上作業の危険性及びそれへの対処の仕方を十分に心得ていたので、本件ドーザによる除雪作業を危げなくこなしていた。したがつて、同被告は、原告に対し除雪作業について必要な指導は行なつてきたものであつて、その指導に過失はない。

(2) 滑べり止め付の靴の着装

原告が本件事故当時履いていた靴はスノーブーツであるが、それは滑べり止め付の靴である。右スノーブーツより滑べりにくい靴としてはスパイク付のブーツ以外に考えられないが、スパイク付のブーツはコンクリート面などとすれることによつて火花を発する危険のある履物として危険物の規制に関する政令二四条一三号により給油所内での使用が禁止されている。したがつて、同被告が原告に対し、右スパイク付のブーツの使用を義務づけることはできず、同被告の原告に対する、作業用の靴について指導に過失はない。

(三) 本件事故は、原告の過失によるものである。

原告は、本件ドーザを後進させるに際し、滑べらないように足元に十分注意するとともに、前記(二)(1)の同被告が指示したとおり、側方に出るようにしながら操作すべきであるにもかかわらず、これを怠り、漫然と前向きの姿勢で操作した。これが本件事故の原因である。

三抗弁

(被告久保田鉄工)

1 消滅時効

(一) 第二事件の訴の提起は、昭和五六年一月八日で本件事故発生の日から三年が経過した時点でなされたものであるところ、原告は、本件事故発生の日において本件事故による損害及び加害者が被告久保田鉄工であることを知つていたものであるから、既に本件事故による損害賠償請求権は時効により消滅している。

(二) 同被告は、右時効を援用する。

2 過失相殺

前記二(被告久保田鉄工)2(五)(1)のとおり。

3 損害の填補

後記(被告相馬商事)の抗弁3のとおり。

(被告相馬商事)

1 被告相馬商事の無過失(債務不履行の主張に対する)同被告には、本件事故について過失がない。

(一) 前記二(同被告)2(一)のとおり。

(二)(1) 前記二(同被告)2(二)(1)のとおり。

(2) 前記二(同被告)2(二)(2)のとおり。

(三) 前記二(同被告)2(三)のとおり。

2 過失相殺

前記二(被告相馬商事)2(三)のとおり。

3 損害の填補

原告は、本件事故による損害の填補として、左記(一)ないし(四)に記載した補償を受けた。

(一) 原告は、労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)から、休業補償として、昭和五四年九月一八日まで計一四二万九一五〇円(内訳休業補償給付一〇七万二〇〇四円、休業特別支給金三五万七一四六円)、傷病補償年金として、昭和五八年五月まで計四三一万五四〇三円(内訳傷病補償年金三一五万六〇六一円、傷病特別年金八三万一三四二円、傷病就学援護費三二万八〇〇〇円)、障害補償年金として、昭和五九年一一月まで計一九九万五一四九円(内訳障害補償年金一四四万三八〇〇円、障害特別年金三八万三四九円、障害就学援護費一七万一〇〇〇円)の各支給を受けた。

(二) また、原告は、労災保険から、昭和五三年六月六日最下肢装具費として、一五万八七〇〇円、同月三〇日胸椎用転性コルセット費として、一万五九〇〇円、昭和五四年四月一七日松葉杖費として、四六〇〇円、計一七万九二〇〇円の支給を受けた。

(三) 労災保険から、国立長野病院に対し、原告の療養補償給付として、昭和五八年五月二四日まで計四七一万九八四八円の支給がなされた。

(四) 原告は、厚生年金保険障害年金から、昭和五九年一二月二六日まで計五五五万九七二三円の支給を受けた。

四抗弁に対する認否

1  (被告久保田鉄工)の抗弁1(一)の事実のうち、第二事件の訴の提起が昭和五六年一月八日で、本件事故発生の日から三年が経過した時点でなされたことは認め、その余は否認する。原告が本件事故による加害者が被告久保田鉄工であることを知つた時点は第一事件の訴訟係属の日である昭和五五年八月一八日以降である。

2  同2の事実のうち、原告が本件事故の際本件ドーザを後進させるに当り、前向きの姿勢をとり、右手で右操向レバーを握り、左手を操作盤の上においておくという操作方法を用いたことは認め、その余は否認する。原告に、本件事故について過失があるとの主張は争う。

3  同3に対する認否は後記6の認否のとおり。

4  (被告相馬商事)の抗弁1のうち、冒頭部分の主張は争う。

(一) 同1(一)の事実のうち、本件事故に至るまで被告相馬商事において本件給油所の従業員から本件ドーザが構造上運転しにくく危険であるといつた意見が出なかつたことは否認し、その余は知らない。同被告が本件ドーザの前記構造上の欠陥を予見することができないとの主張は争う。

(二)(1) 同1(二)(1)の事実のうち、被告相馬商事が同被告主張の頃原告に対し、本件ドーザの操作方法を教えたこと及び原告が雪国育ちであることは認め、その余は否認する。同被告に、原告に対する指導に過失がないとの主張は争う。

(2) 同1(二)(2)の主張は争う。

(三) 同1(三)の事実のうち、原告が本件ドーザを後進させるに際し、前向きの姿勢で操作したことは認め、その余は否認する。本件事故につき原告に過失があるとの主張は争う。

5  同2に対する認否は右4(三)のとおり。

6  同3の事実は認める。

但し、同3(一)の休業補償の支給、同3(二)の最下肢装具費等の各支給及び同3(三)の療養補償の支給については、いずれも前記一4のとおり、本訴請求の損害項目に掲げられていないから、損益相殺の対象となりえない。

本件のような労災民事事件において、労災保険等の損害の填補による控訴は、過失相殺の前に行うべきである。

第三証拠〈省略〉

理由

一本件事故の態様

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

原告は、昭和五三年一月七日午前一〇時ごろ、本件給油所において、早朝にした除雪作業の残りをすべく、事務所の正面北側付近に止めてあつた本件ドーザを操作して、雪を本件給油所内の北西コンクリート塀付近にある排雪の集積場所へ運んだ後、方向転換をするため、方向を変えて本件ドーザを後進させた。原告は、右ドーザを後進させた際、前向き(進行方向とは反対でドーザの方へ向いた姿勢)で右手は右操向レバーを握り、左手は操作盤の上の左手前付近におき、副変速レバーを低速(一・九五キロメートル毎時)の位置にするという操作方法を採り、右ドーザの動きに合わせて後ずさりをしていたが、折から付近のコンクリート面が、北西出入口に向かつてゆるやかな傾斜になつていたうえ、当日の気温が摂氏マイナス三度からプラス二度と低いため洗車の際流れた水が凍結し、その上に雪が積もつていたことなど足元が滑べりやすい状況にあつたことから、約三ないし四メートル位移動した後足が滑べつて後方に仰向けに転倒してしまつた。そして、原告は、両足が本件ドーザのクローラの間に入り、両手は万歳をする形になつて本件ドーザの下に巻き込まれたままひきずられ、約八メートル位移動したところ、本件ドーザは事務所正面前にある二器のガソリン計量器のうちの北側にあるガソリン計量器の北側面に衝突してエンジンがかかつたまま移動を停止した。

原告は、右事故の結果、外傷性腰髄損傷(第一腰椎圧迫骨折)右肩右肘脱臼骨折、顔面骨骨折、顔面裂創、歯牙欠損(三本)、多発助骨骨折、右外耳通裂傷の傷害を負つた。

以上の事実が認められる。

被告久保田鉄工は、原告が右ドーザを後進させた際、副変速レバーを高速(三・七六キロメートル毎時)の位置にして操作していた旨主張し、右主張に副う証拠として前記乙第三号証の一及び前記乙第五号証(いずれも本件事故当日、本件事故後に写された写真であつて、本件給油所に置かれた本件ドーザが写つており、その副変速レバーの位置は高速であることが認められる。)が存在するけれども、他方、〈証拠〉を総合すると、本件ドーザを右高速で後進させることは足元が滑べりやすい雪上でなくとも危険に感じられるとの事実及び本件事故に至るまで原告を含めて本件給油所内の従業員で本件ドーザを右高速で後進させた者はいないとの事実が認められ、さらに〈証拠〉によると、本件事故後原告救出のためホイルローダーで吊り上げて移動させた直後の本件ドーザの向きや位置が〈証拠〉に見られる本件ドーザの向きや位置と異なつているとの事実が認められ、これらの事実を総合すると、本件事故の発生から右各写真が写されるまでの間に原告救出の際あるいは、その後の本件ドーザを移動させる際誰かが本件ドーザの副変速レバーを低速から高速の位置に変えたとの事実が推認される。したがつて、前記乙第三号証の一及び前記乙第五号証は、右認定を左右するものではなく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二被告久保田鉄工の責任

(一)  請求原因1(一)の事実は、原告、被告久保田鉄工間及び原告、被告相馬商事間に争いがない。

右争いのない事実、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

被告久保田鉄工は、元来は農業機械の専門メーカーであつたが、その後土木工作機械の製造も手がけるようになつた。同被告は、従前ハンドドーザ工業株式会社製の小型ドーザ(以下「旧型ドーザ」という。)を販売していたが、昭和四五年ごろ、宅地開発等小規模な土木整地作業用に小型ドーザの需要が増えてきたことと、同被告自身に小型ドーザを製造する技術が備わつたと考えたことから、同被告独自の設計、製造に係る小型ドーザの開発研究に乗り出した。同被告は、その主たる用途を土木整地作業等の土木建設に置き、旧型ドーザに操作の容易性、安全性及び耐久性などの観点から検討を加えた結果、構造上次のような改造変更をして、別紙図面表示の一型ドーザを設計、製造した。

(ア)  同被告は、旧型ドーザに取付けられていたグリップを一型ドーザには取付けなかつた。同被告は、右のようにグリップを廃止するに当り、グリップには安全面の役割は全くなく、方向修正の役割しかありえないが、小型ドーザは農耕運機などと異なつて重量があり、走行装置も二輪タイヤでなくクローラであるためグリップによる方向修正は難しく、却つて、グリップがあると、操作者がグリップに頼つて無理に方向修正をしようとして力を加えたり機械の振動を直接受けることとなることから疲労の原因となつたり、グリップから操作棒を持ち変える分操作が遅れることや後進の際安全確認のためなされるべき半身の姿勢をとれないことから危険となり、むしろ有害であると判断した。

なお、同被告以外のメーカーが製造している小型ドーザや除雪機には、すべてグリップが取付けられている。

(イ)  同被告は、操作者のズボンの裾が機械に巻きこまれるのを防止するなど操作者の足元を保護するとともに後進する際に後方の障害物を排除する役割をはたすものとして旧型ドーザに設備されていなかつたプロテクターを一型ドーザには新たに取付けることとした。

なお、他メーカーの小型ドーザでプロテクターが取付けられているものは少ない。

また、本件事故後、被告相馬商事は、本件のように操作者が後進の際転倒して本件ドーザの下に巻き込まれる事故を防止すべく、本件ドーザの販売会社である北信久保田鉄工株式会社に対し、本件事故時本件ドーザに設置されたプロテクターを改造して下方に拡張するよう依頼したところ、北信久保田鉄工株式会社は、被告久保田鉄工の同意を得て、右プロテクターを下方に拡張する改造を行ない、もと地上からの高さが二四センチメートルであつたのを約十四センチメートルになるようにした。

(ウ)  同被告は、後進の際、操作者が建物等の工作物とドーザの間に狭まれた場合にドーザの進行を停止させる役割をはたすものとして、旧型ドーザの安全クラッチに若干の改良を加えて本件ドーザに装備した。

なお、右安全クラッチは、操作者が右のように壁等に狭まれた場合にはドーザの推進力によりクラッチレバーに圧力が加わつて作動するが、腕によつてクラッチレバーを押下げて安全クラッチを作動させようとする場合には強い力を必要とし、しかもいつたん作動してもクラッチレバーから手を離すとクラッチがつながってドーザが動き出す構造になつている。

(エ)  同被告は、その他、安全性の観点から旧型ドーザと異なり、一型ドーザについては、レバーの誤操作をなくすために副操作レバーを操作盤から外し、回転部(フライホイル部、ベルト部)にカバーを設置するなどの措置をとつた。

同被告は、昭和四七年七月ころから、一型ドーザをパイロット製産し、当初三〇台位を試験的にモニター販売に出したが、その後本格的に製造、販売するに至つた。同被告は、右販売の際、旧型ドーザや他のメーカー製の小型ドーザと同様一型ドーザの用途を整地作業等の土木建設用に限定せず、除雪用にも使用できるものとした。しかしながら、同被告作成に係る一型ドーザの顧客用パンフレットには、一型ドーザが整地作業等の土木建設用に使用される場合の効用や安全面に対する配慮がきめ細かに記載されているのにもかかわらず、除雪用に使用された場合の効用やその場合にとるべき安全面に対する配慮については、その記載がなく、そもそも除雪用に使用されることすら明示されていない。また、同被告作成に係る一型ドーザの取扱説明書には、一型ドーザが除雪用にも使用できることがその特長の一つである旨の記載がなされているが、一型ドーザが除雪用に使用された場合の転倒事故に対する操作上の指導の記載はなく、同被告としては足元の滑べりやすい場所をも想定しながら、注意として、ドーザを「狭い場所や足場の悪い所、起伏の激しい場所では危険ですから絶対に使用しないで下さい。」という記載をしている。

なお、同被告としては、一型ドーザの製造、販売を始めてから今日まで本件事故以外に一型ドーザ使用による本件のような重大事故の発生報告を受けていない。

以上の事実が認められる。

〈証拠〉中、右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二) 以上認定の事実に基づき、被告久保田鉄工の責任の有無を判断する。

一般に、小型ドーザは、排土などの作業目的から強力なエンジンを塔載しており、その形状とあいまつて、特に無謀な操作方法をとつた場合でなくとも、操作者又は第三者に対する生命、身体等の危険を伴なうものであるから、小型ドーザ製造者としては、予見可能な危険を回避して安全な小型ドーザを製造すべき義務があり、この義務に違反して欠陥品を製造、流通させた場合は右欠陥品の使用によつて損害を被つた被害者に対して直接に民法七〇九条の不法行為による損害賠償責任を負うものと解すべきである。

そこで、本件につき考察するに、除雪用にも用いられる小型ドーザに取付けられたグリップの機能が方向修正というよりは操作者がグリップを持つことにより体を安定させ、足が滑べることを防ぎ、さらに足を滑べらせた場合の転倒を防止することにあることは、経験則上からも、既に認定したように他メーカー製の除雪にも用いられる小型ドーザや除雪機には例外なくグリップが取付けられていることからも明らかである。特に、除雪機にあつては、その全てにグリップが取付けられており、これは製造メーカーの除雪作業についての長年の研究や使用経験から出たものとして重視されるべきことがらである。そして、足を滑べらせ、あるいはその結果転倒するという可能性の少ない整地作業等の土木建設であればともかく、常に転倒の危険にさらされている除雪作業においては、右のグリップの有する機能は、その機械の安全性からいつて基本的かつ不可欠のものというべきである。しかしながら、既に認定したとおり、同被告は、一型ドーザの設計、製造段階において、右ドーザの用途に除雪作業も含めているのに整地作業等土木建設に使用することを主眼とし、用途が除雪の場合に操作者の危険防止の役割をはたすべきグリップのスリップ、転倒防止機能に何ら思い及ぶことなく、小型ドーザにグリップを取付けると、疲労の原因や操作の遅れを生じ、あるいは半身の姿勢をとれないなど却つて危険を招き有害であると判断し、従前同被告が販売していた旧型ドーザには取付けられていたグリップを取付けないこととしてしまつたのである。しかも、同被告は、その作成に係る一型ドーザの取扱説明書において、一型ドーザの特長の一つとして除雪作業を掲げながら、危険なため使用すべきでない場所として狭い場所、足場の悪い所、起伏の激しい場所とのみ表示し、除雪の場合にひんぱんに生じることのある足元の滑べりやすい場所での使用が禁止されているのがユーザーには判断し難い記載をしているのである。したがつて、本件ドーザを製造した同被告は、グリップの有する右スリップ、転倒防止機能を認識し、これを取付けないことによる危険を予見することができ、又予見すべきであつたにもかかわらず、これを怠り、グリップの取付けられていない一型ドーザ(本件ドーザ)を製造したものといえる。

そして、前記一で認定した本件事故の態様、グリップの有するスリップ、転倒防止機能に〈証拠〉を総合すると、仮に本件ドーザにグリップが取付けられていたとすれば、原告は、本件事故の際、両手でグリップを握るか、少なくとも操作盤の上においた左手でグリップを握ることにより本件事故を防止できたものと認められ、したがつて、本件ドーザにグリップが欠けていたことによつて本件事故が発生したものといえる。

以上より、同被告は、原告に対し、民法七〇九条の不法行為による損害賠償責任に基づき、本件事故によつて生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

(三) なお、同被告は、本件ドーザには労働安全衛生法四二条、同法施行令一三条、同施行令別表第七第一項第一号の規定に基づき、労働大臣が定める規格又は安全装置が具備されていることを理由に、過失を争うが、右規定そして、労働大臣が定める規格又は安全装置に小型ドーザの用途として土木建設の他に除雪作業もあることを想定しての配慮がなされているかどうかについて疑わしい点があり、そもそも右規定は取締規定に過ぎず、右規定に基づき、労働大臣が定める規格又は安全装置が具備されていることをもつて製造上の過失なしとすることはできない。

また、同被告は、本件ドーザには安全装置として非常ブレーキのかかる安全クラッチや他メーカーの製品にない操作者の足元を保護するためのプロテクターが装備されているなど安全性につき配慮がなされていることを理由に、過失を争うが、既に認定したように、本件ドーザに設置された安全クラッチは後進の際、操作者が建物等の間に体を狭まれた場合に機体を停止させる目的の下に設計されていて、クラッチレバーの位置は別紙図面表示のとおり操作盤のすぐ真下にあり、手によつて作動させようとする場合には相当の力を要し、いつたん作動してもクラッチレバーから手を離すと元に戻り機体が動き始めるという構造になつていることからすると、本件のようなスリップ、転倒事故についてはほとんど役に立たないものと考えられること、既に認定したように本件ドーザに設置されたプロテクターについても操作者のズボンの裾が機械に巻きこまれるのを防止するなど操作者の足元を保護するとともに後進時後方の障害物を排除する目的の下に設計されたものであつて必ずしも本件のようなスリップ、転倒事故を想定したものではないし、本件事故後事故防止策の一つとして、プロテクターの位置が下方に拡張され、地上高が二四センチメートルから約一二センチメートルにまで下げられたことからすると、本件のようなスリップ、転倒事故については余り役に立たないものと考えられ、結局、右の安全クラッチ、プロテクターは、いずれも安全装置ではあつてもその目的、構造からいつて本件ドーザにグリップが欠けているという欠陥を補完するものとは認め難く、右の安全クラッチ、プロテクターが装備されていることをもつて製造上の過失なしとすることはできない。

さらに、同被告は、本件ドーザの操作は後進時に後方の安全を確認するために半身の姿勢で右手で主変速レバーを握り、左手を自由にしておくという方法が採られるべきであるから、グリップの設置は不要であり、かつ、原告が右のような操作方法をとらず、前向きの姿勢で右手は右操作レバーを握り、左手を操作盤の上におくという方法をとつたことが本件事故の原因であることを理由にして過失を争つている。

右の点については、なるほど本件ドーザの中央部手前に設置されている主変速レバーは、本来の変速機能と共に、操作者がこれに右手をおくことによつて、身体の支点になり、体勢が崩れた場合につかまることができるとの機能が期待されているようにみられないでもない。しかし、主変速レバーは操作者の位置から見てやや中央に寄つており、形状は概ね縦方向で、あまり大きくないから、後進の場合、操作者が進行方向と逆向きに前倒れになつたときには主変速レバーにつかまつて身体を支えることが可能になるが、進行方向の向きに後倒れになつた場合には、位置、大きさなどのため手が届きにくいと推測される。さらに主変速レバーは常に握つていなければならないものではないから、右のように体勢が崩れた場合の支えとしては、主変速レバーよりグリップの方が役に立つし、操作者は後進に際し、グリップを握つて操作し、必要な場合だけ主変速レバーを操作するという方法をとりうることになる。

また、本件の場合同被告の主張するような操作方法がとられたとしても除雪時のスリップ、転倒による危険を免れることはできず、右のような操作方法が除雪の際の作業目的に適いかつ安全な方法であるかは大いに疑問が残り、前述したようにグリップの有するスリップ、転倒防止の機能からいつてグリップの設置は不可欠であるのみならず、原告が本件事故の際とつていた本件ドーザの操作方法が特に無謀な操作方法であれば格別、既に認定した原告の、進行方法と逆向きで本件ドーザに正対した姿勢で右手は右操向レバーを握り、左手を操作盤の上におくという操作方法は、本件ドーザにグリップが設置されていないために身体の安定を保つためにとられたものと推察でき、本件ドーザによつて除雪作業をする際通常自然にとられる方法と解されるから、いずれにしても、同被告の無過失の主張は理由がない。

三被告相馬商事の責任

(一)  請求原因1(二)、(三)の事実は、原告、被告相馬商事間に争いがない。

右争いのない事実、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

被告相馬商事は、石油等の販売等を業とする株式会社であるが、昭和四九年秋ごろ、当時常務取締役で長野支店長であつた林部鷹司が担当者となつて、主として除雪作業に従として排土作業に使用する目的で本件給油所に小型ドーザを備えることとし、市販されている小型ドーザの中から購入機種を選択するにあたり被告久保田鉄工、三菱、ヤンマーディーゼル株式会社など名の知られている大型メーカーのパンフレットを集めたり、販売店の説明を聞いたりして検討した。被告相馬商事(前記林部)は、右検討の結果、一型ドーザが、他メーカーの製品と違つて、グリップは設置されていないものの主変速レバーが大きくて使用しやすく停止が容易であるのと、安全装置として安全クラッチやこれも他の製品にないプロテクターが設置されていることなどから、一型ドーザを優れた製品と判断し、また製造会社が大型メーカーである被告久保田鉄工であることからその構造に欠陥がありはしないかと考えようともせず、一型ドーザを採用することに決め、同年一一月七日販売店である北信久保田鉄工株式会社から本件ドーザを買受けた。なお、被告相馬商事が右検討の際資料とした被告久保田鉄工作成に係る一型ドーザの顧客用パンフレットには、他メーカーのものと異なり、除雪用に使用された場合の効用や安全面に対する配慮の記載がないのみか除雪用に使用されることすら明示されていなかつたにもかかわらず、被告相馬商事は、この点に何らの疑問を持つことなく、もとより販売店の北信久保田鉄工株式会社の係員に質問することもなかつた。また、右北信久保田鉄工株式会社の係員は、前記の林部常務に本件ドーザの性能を説明する際、安全クラッチについては、後進の際、機体と建物等の工作物の間に操作者が身体を狭まれた場合に機体の進行を非常停止させる役割をはたすものであり、プロテクターについては操作者のズボンの裾が巻き込まれるのを防止するなど操作者の足元を保護するとともに後進時の後方の障害物を排除する役割をはたすものであると述べたに止まり、本件のようなスリップ、転倒事故に機能するか否かについては言及しなかつた。

そして、前記林部は、本件ドーザが引渡された際、取扱説明書を閲読し、北信久保田鉄工の係員から、本件ドーザの取扱方法の説明を受けたが、同係員は、本件ドーザを後進させる際には副変速レバーを低速にするとともに後方確認をするために半身の姿勢をとり、利き手で主変速レバーを握り、反対の手を自由にしておくようにと説明し、右の姿勢をとつてみせたが、本件ドーザの安全性の見地から右操作方法以外は絶対に許されないとの説明はしなかつたし、取扱説明書にもそのような記載はなかつた。また、当日は雪がなく、除雪作業については実地指導は全くなされず、口頭による指導も積雪が多い場合は少しずつ作業を行う旨の機械の効用面についてのものに止まり、本件のようなスリップ、転倒を予想した機械の安全面についてのものはなされなかつた。なお、本件ドーザの取扱説明書には、注意書としてドーザを「足場の悪い所では危険ですから絶対に使用しないで下さい。」と記載されており、足場の悪い所として除雪作業現場が考えられるにもかかわらず、右林部は、この点に疑問を持たず、したがつて、同係員にこの点の説明を求めることもしなかつた。

原告は、昭和五二年四月ごろ、被告相馬商事から、試用期間を設けて給油所要員として雇用され、本件給油所にて給油、洗車等の業務に従事していたが、試用期間が終了した同年一二月一日に本採用された。

原告は、同年七月ごろ、本件給油所の藤森所長から、北の塀の裏にある土砂の排土作業を命ぜられた際に本件ドーザの操作方法を初めて教えられたが、それは、油圧レバーの上げ下げと前進や後進の仕方等について一〇分間程度の簡単なもので後進時の姿勢についても必ず半身になるべき旨の指導はなかつた。

原告は、その後、上司から本件給油所構内の除雪作業を命ぜられていたので同年一二月から本件事故に至るまで、本件給油所構内で本件ドーザを用いて除雪作業を三、四回位行なつた。原告は、右除雪作業の際、足元が雪や洗車の水の凍結により滑べりやすくなつていることからスリップ、転倒による事故の危険を感じていたし、同僚の志原悦子も本件ドーザを一、二回位使用した際同様の危険を感じていた。しかし、右の危険のあることが特に上司に対する苦情として出されたり、本件給油所内で問題にされたことはなかつた。

なお、本件事故に至るまで本件給油所内で本件ドーザ使用による事故はなかつたし、同被告は、他所で一型ドーザ使用により事故が発生したことを聞いたこともなかつた。また、同被告は、本件ドーザの選択段階から本件事故発生に至るまでの間右のようなスリップ、転倒事故の危険を考えていなかつた。

以上の事実が認められる。

〈証拠〉中、右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二) 以上認定の事実に基づき、被告相馬商事の責任の有無を判断する。

まず、原告が本件事故の際、被告相馬商事から、雇用契約に基づき本件ドーザ使用による除雪作業を命ぜられていたことは既に認定したとおりである。

そして、前述したように本件ドーザはグリップが取付けられていない点に欠陥があることは明らかであるから、本件ドーザを選定購入し、その使用を原告に命じたことが被告相馬商事の過失であるか否かについて検討する。

使用者は、被用者に対し、その使用を命ずる機械につき、できる限り安全なものを選択すべき注意義務があるのはもとより当然のことである。しかしながら、一般に使用者は機械の製造者のように設計や構造、装置、性能等の決定に携わるわけではないから、使用する機械の安全性の追求、確保に必要な高度に専門的な技術者を雇入れたり実験設備等を設けることは期待できないし、製造者が機械を製造、販売するのに対し、使用者は機械を購入、使用するという立場の差異に着目すれば使用者に製造者と同程度の予見及び結果回避義務を要求することは相当でないというべきである。したがつて、使用者としては、販売店に対して機械が仕様書のとおりの構造、装置、性能を備えていることを確認したうえで購入すれば足りるのであつて、設計上、構造上に問題があり事故が頻発していることを見聞しているとか、他の製品と比較検討したり、顧客用パンフレット、取扱説明書及び販売店の係員の説明など購入する際の資料となるものの内容を検討することによつて容易に設計上、構造上の問題点に気がついてしかるべき場合など、高度の専門的知識を要せずに危険を予見しうるような特段の事情がある場合には過失を問われることとなるものと解される。

そこで、本件につきこれをみるに、既に認定したように被告相馬商事の本件ドーザの購入の主たる目的が本件給油所の除雪作業にあり、作業現場が凍結によつて滑べりやすい場所であるだけに、同被告としては本件ドーザのような歩行型ドーザ使用による除雪作業には後進時操作者が足を滑べらせて転倒し、ドーザの下に巻き込まれる危険が伴うことを予想して右歩行型ドーザの選択購入に当り、本件ドーザが右の観点からの安全面に対する配慮がなされているか否かを検討すべきであつたといわねばならない。そして、同被告は、購入機種として一型ドーザを選定するに当り、右の検討を行えば、既に認定したように、第一に、一型ドーザが他メーカーの製品と明らかに異なつてグリップがないことを認識していたのであるから、経験則上グリップの有するスリップ、転倒防止の機能に思い及び一型ドーザには除雪の際の後進時のスリップ、転倒事故に対する配慮が欠けていることに気づくか、少なくとも一型ドーザの構造に疑問を持ちえたはずであり、第二に、一型ドーザの購入を決するについての資料のうち、①顧客用パンフレットについては、除雪用に使用された場合の効用や安全面に対する配慮の記載がないというに止まらず除雪用に使用されることすら明示されていないし、②取扱説明書については、ドーザを、「足場の悪い所では危険ですから絶対に使用しないで下さい。」との注意書があつて、一型ドーザを除雪に使用することに疑念を抱かせる記載がなされているし、③販売店の係員の説明については安全クラッチやプロテクターなど本件ドーザに安全装置が設置されていることを述べたに止まり、右の安全装置が除雪作業時のスリップ、転倒事故に対して機能するか否かについては全く述べられていないし、そもそも右のような事故を想定した機械の構造上の配慮とか操作上の注意指導などについて何ら言及されていないのであるから、一型ドーザが除雪作業の際の後進時のスリップ、転倒事故に対する安全面の配慮がなされることなく設計、製造されているのではないかという点でドーザの構造に重大な疑問を持ちえたはずである。そして、右のように一型ドーザが除雪の際の後進時のスリップ、転倒事故に対する配慮がなされていないことに気づいたり、右ドーザの構造に重大な疑問を持つことができれば、それだけで同被告が一型ドーザの購入を思い止まることは十分に可能である。さらには、同被告が被告久保田鉄工やその販売店に右の疑問点についての説明を求め、かつ他のグリップの取付けられた小型ドーザや除雪機のメーカーなどにグリップの機能、効果を問合わせることによつて除雪の際の後進時のスリップ、転倒事故に対してグリップが基本的かつ不可欠であること及び一型ドーザが右のような事故を想定して設計、製造されたものでないことを認識しえたはずであり、そうとすれば、被告相馬商事が本件ドーザの購入を思い止まつたであろうことは確実である。しかしながら、既に認定したように、被告相馬商事は、購入すべきドーザとして一型ドーザを選択した段階で、歩行型小型ドーザによる除雪作業が後進時のスリップ、転倒による危険を有していることを予想せず、したがつて一型ドーザが右の観点からの安全面に対する配慮がなされているか否かの検討を全く怠り、一型ドーザが他メーカーの製品と異なつてグリップが取付けられていないことに気づきながら、そのことに疑問すら持たず、前記のように顧客用パンフレット、取扱説明書及び販売店の係員の説明について一型ドーザの構造に重大な疑問を持つてしかるべき幾多の点があつたにもかかわらず、これにも気づかず、被告久保田鉄工がいわゆる有名メーカーであることで盲信し、一型ドーザに安全クラッチやプロテクター等の安全装置が設置されている旨の販売店の係員の説明をその内容を吟味することなく鵜呑みにして一型ドーザが他メーカーの製品より優れているとの判断の下に一型ドーザである本件ドーザを発注購入し、これを本件給油所に設置して原告ら従業員にその使用を命じたものである。

したがつて、同被告には、高度の専門的知識がなくともグリップが取付けられていないことに由来する本件ドーザの危険性を予見することができ、又予見すべきであつたにもかかわらず、これを怠り、本件ドーザの構造上の問題点に何ら疑問を持つことなく、本件ドーザを購入し、その使用を命じた点に過失があるというべきである。

そして、前記二(二)で述べたように、本件ドーザにグリップが欠けていたことによつて本件事故が発生したということができる以上、同被告が本件ドーザを選定購入し、その使用を原告に命じたことによつて本件事故が発生したものといえる。

以上により、本件につき本件ドーザの製造者である被告久保田鉄工の責任が認められるにしても、被告相馬商事は、原告に対し、民法七〇九条の不法行為による損害賠償責任に基づき、本件事故によつて生じた後記損害を賠償すべき義務を免れることはできない。

四共同不法行為

被告久保田鉄工の、前記二の本件ドーザの製造者としての不法行為と被告相馬商事の、前記三の本件ドーザの購入と原告にその使用を命じたことの不法行為とは牽連関係があり、かつ集積して原告の後記損害を生ぜしめたものといえるから、両者の間には、客観的な共同関連性があり共同不法行為になるものというべきである。したがつて、被告らは、原告の被つた後記損害を連帯して賠償すべき義務がある。

五損害について

1  治療経過、後遺症

(一)  治療経過

〈証拠〉によると、原告は、前認定の受傷により、国立長野病院に昭和五三年一月七日から昭和五四年七月一六日まで(五五六日間)、同年七月三〇日から同年八月六日まで(八日間)、計五六四日間入院し治療を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  後遺症

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

原告は、前認定の受傷により、下肢全廃の後遺症を残し、昭和五四年五月三〇日症状固定の診断を受けた。右後遺症は、労働者災害補償保険法、同施行規則所定の第一級八号に該当するものである。

原告の現在の日常生活は、車いすを使用しないと移動できず、住居を改造したことにより用便や入浴は介助者なしで可能であるがその他の行動をする場合は近親者の介添を必要とする状況である。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  付添看護費 一四二万五二〇〇円

〈証拠〉を総合すると、原告は、右1(一)認定の入院時である昭和五三年一月七日から症状固定時である昭和五四年五月三〇日までの五〇九日間の入院期間中、近親者の付添を必要としたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして、経験則によると、原告は、右五〇九日の入院期間中、一日当り少なくとも二、八〇〇円の割合による付添看護費を要したことが認められるから、原告は、本件事故により、付添看護費として、一四二万五二〇〇円の損害を受けたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  入院雑費 三三万八四〇〇円

原告が本件事故により少なくとも計五六四日間の入院治療を要したことは前記1(一)で認定したとおりであり、経験則によると、原告は、右入院期間中、一日につき少なくとも六〇〇円の割合による雑費を要したことが認められるから、原告は、本件事故により、入院雑費として、三三万八四〇〇円の損害を受けたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

4  後遺障害による財産的損害

(一)  将来の付添看護婦 一二五二万六〇七〇円

前記1(二)で認定した原告の本件事故による後遺症の内容、程度に、経験則を併せ考えると、原告は、症状の固定した昭和五四年五月三〇日以降、少なくとも四〇年間にわたり、日常生活において近親者の付添を必要とするものと認めるのが相当であり、付添にあたるのが近親者である点及び右認定の付添を要する程度を考えると、右期間中の付添看護費は、一日当り二〇〇〇円を要するものと認めるのが相当であるから、原告の将来の付添看護費を、年別のライプニッツ式により年五分の割合による中間利息を控除して症状固定時の時価を求めると、一二五二万六〇七〇円となる。

(算式)

二〇〇〇円×三六五×一七・一五九=一二五二万六〇七〇円

(二)  逸失利益 五二〇〇万八二四七円

〈証拠〉を総合すると、原告は昭和二三年一一月二三日生まれの学歴高卒の男子で、前認定の症状固定時の昭和五四年五月三〇日当時満三〇歳であつたことが認められ、右認定に反する証拠はなく、これに前記1(二)で認定した原告の後遺症の内容、程度及び経験則を併せ考えると、原告は右後遺症により、六七歳に達するまでの少なくとも三六年間にわたり、その労働能力を一〇〇パーセント喪失したものと認めるのが相当であるから、原告の逸失利益を昭和五四年賃金構造基本統計調査報告書の企業規模計学歴高卒の満三〇歳の男子の年収額三一四万三一〇〇円を基準として、年別のライプニッツ式により年五分の割合による中間利息を控除して症状固定時の時価を求めると、五二〇〇万八二四七円となる。

(算式)

三一四万三一〇〇円×一六・五四六八=五二〇〇万八二四七円

5  慰藉料 一六〇〇万円

前記認定の本件事故の態様、原告の受けた傷害の部位、程度、治療経過、後遺症の内容、程度、その他、前記甲第八号証及び原告本人尋問の結果によつて認められる、原告が右後遺症が原因で昭和五三年八月一二日妻とよえと協議離婚を余儀なくされたことなどの諸般の事情を総合すると、原告の本件事故による精神的苦痛を慰藉すべき金員の額は一六〇〇万円が相当である。

6  損害額小計

右2ないし5で認定した各損害額を合算すると、八二二九万七九一七円となる。

六過失相殺について

既に認定したように被告久保田鉄工では一型ドーザの製造、販売を始めてから本件事故に至るまでの五年余の間一型ドーザ使用によつて本件のような重大な事故が発生したことの報告を受けていなかつたこと、本件給油所においても本件ドーザの購入時点から本件事故に至るまでの三年余にわたり、本件ドーザ使用による事故は全くなかつたこと、そして、原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故の際、操作のため右手で右操向レバーを握つていたが、本件のようなスリップ、転倒事故を予想してこれに対する注意を払つてはいなかつたものであることが認められ、右の各事実を総合すると、原告は、本件事故の際、本件のようなスリップ、転倒事故を予想して足元に注意したり、右操向レバーを強く確実に握つていなかつたことが推認できるところ、本件事故現場のように足元の滑べりやすい所で本件ドーザを後進させるに際しては、原告にはスリップ、転倒事故のありうることを予測して足元に注意を払うとともに操向レバーを確実に保持すべき注意義務があつたのに、これを怠つた過失があり、かような過失が本件事故発生に寄与した割合も小さくないと認められる。

よつて、本件賠償額の算定にあたつては、原告と被告ら双方の過失の内容、程度を考慮すると、原告の損害額に四割の過失相殺をするのが相当であると認められるところ、過失相殺の基本となる損害額は、前記五の6記載の損害額小計八二二九万七九一七円であるから、これから四割を控除して過失相殺後の原告の損害額を算出すると、四九三七万八七五〇円となる。

七損害の填補について

(一) 被告相馬商事の抗弁3(損害の填補)の事実は、原告と同被告間に争いがなく、右事実を全て引用する被告久保田鉄工の抗弁3(損害の填補)の事実は、原告と同被告間に争いがない。ところで、右3の各支給のうち、休業補償給付、最下肢装具費、胸椎用転性コルセット費、松葉杖費及び療養補償給付は、いずれも前記五記載の損害の項目に掲げられていないから損害の填補として控除すべきものにあたらないといわねばならない。また、傷病特別年金、傷病就労援護費、障害特別年金及び障害就労援護費は、いずれも労働者災害補償保険法二三条に基づく労働福祉事業の一環として、労働者の福祉の増進を図るために支給されるもので、損害填補のためのものではないから損害の填補として控除すべきものにあたらないといわねばならない。

したがつて、右3の各支給のうちから、損害の填補として控除の対象となるのは、傷病補償年金三一五万六〇六一円、障害補償年金一四四万三八〇〇円及び厚生年金保険障害年金五五五万九七二三円の計一〇一五万九五八四円である。

(二)  次に、原告は、労災保険給付金及び厚生年金保険障害年金の控除を過失相殺の前に行うべきである旨主張するが、いずれも損害賠償法理の一般原則に照らし、他の損害填補と別異に扱うべき格別の理由はないと解されるから、原告の右主張は理由がない。

(三) よつて、前記六で認定した過失相殺後の損害額四九三七万八七五〇円から、右(一)の補填額一〇一五万九五八四円を差引くと、未填補賠償額は三九二一万九一六六円となる。

八弁護士費用 三〇〇万円

原告が原告訴訟代理人らに本件訴訟の追行を委任したことは記録上明らかであるが、本件事案の内容、認定額等諸般の事情に鑑み、本件事故による損害として原告が被告らに賠償を求め得べき弁護士費用相当額は三〇〇万円をもつて相当とする。

九消滅時効について

第二事件の訴提起の日が昭和五六年一月八日であることは記録上明らかである。

そこで、原告が右提訴日より三年前の昭和五三年一月七日の本件事故発生の日の時点で、本件事故による損害及び加害者が被告久保田鉄工であることを知つていたか否かについて検討する。

民法七二四条前段にいう「損害ヲ知リタル時」とは、必ずしも損害の程度又は数額を具体的に知る必要はないとはいえ、その概要を知りうることは必要であり、事故による人身損害の発生があり、長期にわたる入通院治療後ひきつづき後遺症が残るような場合には後遺症が顕在化した時と解するのが相当である。蓋し、同条前段が短期消滅時効を設けた趣旨は、不法行為に基づく法律関係が、通常、未知の当事者間に、予期しない偶然の事故に基づいて発生するものであるため、加害者は、損害賠償の請求を受けるかどうか、いかなる範囲まで賠償義務を負うか等が不明である結果、極めて不安定な立場におかれるので、権利行使の可能性を現実に知りながら請求しなかつた被害者の態度に対して加害者が賠償義務者として通常有することとなるであろう、被害者が権利者として義務者である加害者を宥恕しあるいは賠償の必要がないなど何らかの理由から請求を断念したものとの信頼を保護することにあると解されるのであるから、被害者、加害者双方の利益を較量するとき、前記のように入通院治療後に後遺症が残るような場合には後遺症が顕在化した時即ち損害の概要を知りえた時はじめて被害者は加害者に対し、損害賠償請求権を行使できる現実的可能性が生じたといえ、この時から時効期間が進行するとするのが相当と解されるからである。

これを本件についてみるに、原告の治療状況及び後遺症の有無程度は前記一(一)、(二)で既に認定したとおりで、原告が本件事故により下肢全廃の後遺症を残し、症状固定の診断が下されたのは昭和五四年五月三〇日であつたことが明らかであるから、昭和五三年一月七日の本件事故発生の日において本件事故による損害の概要を知りえたとするのは困難である。

そうすると、その余の点につき判断するまでもなく、消滅時効の抗弁は理由がない。

一〇結論

以上の次第であるから、原告の被告らに対する本訴請求は、不法行為による損害賠償請求権に基づき、各自四二二一万九一六六円及び内金三九二一万九一六六円に対する本件事故の日である昭和五三年一月七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官秋元隆男 裁判官佐藤道雄 裁判官岡田 信)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例